
知的発達症(知的障害)とは何か?基本的な理解
はじめに
知的発達症(知的障害)という言葉は、学校教育や医療、福祉の分野で耳にすることが多い言葉ですが、その正しい意味を理解している人はまだ多くはありません。以前は「知的障害」という表現が一般的でしたが、現在では国際的な診断基準や社会的配慮の観点から「知的発達症」という呼称が広まりつつあります。言葉の変化には理由があり、偏見や誤解を減らすための重要な動きでもあります。本記事では、知的発達症の定義や特徴、発達障害との違い、そして社会における位置づけについて詳しく解説していきます。
知的発達症の定義
知的発達症とは、知的機能と適応行動の両方に制限がある状態を指します。知的機能とは学習能力、推論力、問題解決力、計画力などの認知的な側面を含み、適応行動とは日常生活を送るための実用的なスキルや社会的スキルを意味します。つまり単にIQが低いということではなく、社会生活や学習において困難があることが特徴です。
アメリカ精神医学会のDSM-5では、知的発達症の診断基準として「知的機能の制限」「適応行動の制限」「発達期に発症」の3つが示されています。具体的には、学習や問題解決に困難があるだけでなく、コミュニケーション能力や社会性、自己管理能力にも制約が見られる場合に診断されます。また世界保健機関(WHO)のICD-11においても同様の基準が用いられており、国際的に統一された視点から診断が行われています。
IQだけで判断しないという考え方
従来は「IQ70未満」であれば知的障害と診断されることが多くありました。しかし近年では、IQだけでは正確に生活上の困難を表すことができないと考えられています。例えばIQが70を超えていても、日常生活での適応が難しいケースは存在しますし、その逆もあります。そのため現在では、IQテストの結果に加えて、Vineland適応行動尺度などを用いた適応行動の評価が重視されています。
このように診断は単純な数値によるものではなく、実際にどのように生活できているかを含めて総合的に判断されます。
知的発達症と発達障害の違い
知的発達症は発達障害の一部として説明される場合と、別の枠組みとして扱われる場合があります。発達障害という大きなカテゴリーには、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)、そして知的発達症が含まれることがあります。しかし行政や福祉制度の上では「知的障害」と「発達障害」を分けて取り扱うことも多いため、混乱が生じやすいのです。
大切なのはラベルにこだわることではなく、その人がどのような特性や困難を持ち、どのような支援を必要としているかを理解することです。例えば同じ知的発達症の診断を持っていても、生活上の困難さや支援の方法は人によって大きく異なります。
知的発達症の特徴
知的発達症のある人にはいくつかの共通した特徴が見られます。発語の遅れ、読み書きや計算など学習面での困難、新しいことを覚えるのに時間がかかるといった点が挙げられます。また、社会的なルールを理解するのが難しかったり、相手の表情や状況を読み取るのが苦手だったりすることもあります。自己管理や金銭管理など生活に直結する部分で支援が必要になる場合も少なくありません。
ただし知的発達症は一様ではなく、軽度から重度まで幅広いスペクトラムがあります。軽度の場合は支援や工夫があれば一般就労や自立生活が可能であり、周囲の理解とサポート次第で大きく成長するケースも多くあります。
言葉の変化と社会的背景
かつては「精神遅滞」という表現が使われていましたが、これは差別的なニュアンスを含むとして廃止されました。その後「知的障害」という表現が一般化しましたが、近年では「障害」という言葉そのものにネガティブな印象があることから「知的発達症」という表現が推奨されるようになっています。
言葉の変化は単なる言い換えではなく、社会全体の意識の変化を示しています。障害という言葉に含まれる否定的なイメージを和らげ、誰もが生きやすい共生社会を実現するための取り組みの一つといえます。
知的発達症に関する統計
日本における知的発達症の有病率は、おおよそ人口の1〜2%程度とされています。厚生労働省の調査によると、知的障害者手帳を所持している人は約100万人を超えており、その数は年々増加傾向にあります。背景には、診断基準の変化や社会の理解が進んだことによって、診断が広がったことも影響しています。
また、軽度の知的発達症は見逃されやすく、学校生活や社会人になってから困難が顕在化するケースも多いため、実際の数は統計以上に多いと考えられています。
生活の中での困難と工夫
知的発達症のある人は、日常生活のさまざまな場面で困難に直面します。例えば電車に乗る、買い物をする、時間を守るといった一見当たり前に思えることでも難しさを感じる場合があります。しかし支援や工夫を取り入れることで、自立した生活を送ることが可能になります。
学校では個別の教育支援計画を立て、学習内容をわかりやすく整理したり、ICTを活用した学習を行ったりする方法が有効です。社会に出てからも、就労支援や福祉制度を活用することで、得意分野を活かしながら働くことができます。
知的発達症のある人の強み
知的発達症というと「できないこと」に目が向きがちですが、強みを持つ人も多くいます。ルーチン作業を丁寧にこなす力や、規則性を見つける力、誠実で真面目な性格などは、社会で役立つ能力です。支援者や周囲が強みに注目し、適切な場を提供することで能力を十分に発揮することができます。
まとめ
知的発達症(知的障害)は、知的機能と適応行動の制限を特徴とする発達症です。かつては「IQだけ」で判断されることが多かったのですが、現在は生活全般の適応力を含めて診断が行われています。また、発達障害との関係については分類上の混乱があるものの、重要なのはラベルではなく本人の困難さと必要な支援に目を向けることです。
社会全体で知的発達症への理解を深め、適切な支援を行うことができれば、知的発達症のある人は自分の強みを活かして生き生きと暮らすことができます。偏見や誤解をなくし、共に生きる社会を目指すために、正しい知識と理解を広めていくことが今後ますます求められています。