
ピアカウンセリングの未来:日本における「当事者専門職」の確立と持続可能な支援への道
日本における「当事者専門職」の現状と呼称
日本では「当事者専門職」という統一的な名称が確立されているわけではありませんが、それに近い役割を担う人々がいます。彼らは主に以下のような名称で呼ばれ、活動しています。
- ピアスタッフ: 医療機関や福祉事業所などで、職員として雇用され、当事者経験を活かしてピアサポートや相談業務を行う人たち。
- ピアサポーター: 幅広い意味で、同じ経験を持つ仲間を支える人を指します。ボランティア活動の場合もあれば、有償の活動に携わる場合もあります。
- ピアカウンセラー: ピアサポートの中でも、特にカウンセリング的な関わりを重視する人を指します。
- 当事者職員: 広く、精神障害の経験者が、その経験を活かして各種機関で働く職員全般を指す呼称。
日本での当事者専門職の主な活動の場
これらの当事者専門職が活躍している主な場は以下の通りです。
- 障害福祉サービス事業所:
- ピアサポート体制加算・ピアサポート実施加算: 2021年度の障害福祉サービス等報酬改定で新設された加算制度により、障害者ピアサポート研修を修了した当事者を職員として雇用し、ピアサポートを行う事業所が評価されるようになりました。これは、ピアサポーターの就労に繋がる重要な一歩です。
- 就労継続支援B型事業所など: 当事者が運営するカフェや作業所などで、ピアスタッフとして雇用され、利用者の就労支援や生活支援を行うケースがあります。
- 医療機関(精神科病院、クリニックなど):
- 一部の医療機関では、ピアスタッフを雇用し、入院中の患者さんや外来患者さんへのピアサポート、退院支援、外来における相談業務などを行っています。診察前後の相談や、リカバリーに関する情報提供などが主な役割です。
- 地域生活支援センター・相談支援事業所:
- 地域での精神障害者の生活を支える拠点において、ピアサポーターが相談員として就労し、当事者視点でのアドバイスや情報提供を行っています。
- 行政機関:
- ごく一部の自治体では、精神障害者の当事者を職員として採用し、相談業務や啓発活動、地域活動の推進などに携わっています。
- リカバリーカレッジ:
- 英国発祥のリカバリーカレッジは、精神疾患の経験者が講師や運営スタッフとして参加し、当事者、家族、専門職、市民が共にリカバリーについて学ぶ場です。日本ではまだ手弁当での運営が多いですが、当事者職員が活躍する場となっています。
- 民間企業・NPO:
- オンラインピアカウンセリングを提供する民間企業では、有償のピアカウンセラーを募集・雇用する動きが見られます。
- 当事者が立ち上げたNPO法人などが、ピアサポートを核とした事業(例:カフェ運営、就労支援など)を行い、当事者職員を雇用するケースもあります。
日本における「当事者専門職」の課題
- 統一的な資格制度の不在: アメリカの認定ピアスペシャリスト(CPS)のような、全国的に通用する当事者専門職の統一資格はまだありません。各都道府県やNPOなどが独自の研修や認定を行っている状況です。
- 不安定な就労と低賃金: ピアサポーターやピアカウンセラーの就労は、多くの場合、非正規雇用や短時間勤務であり、賃金も他の専門職に比べて低い傾向にあります。これでは、カウンセリングの収益で生活できるレベルには至りません。
- 「ボランティア」イメージの根強さ: ピアサポートはボランティアというイメージが強いため、ビジネスとしての価値や特別な専門職としての認識が社会全体に十分に浸透していません。
- 「障害者雇用」からの脱却: 現在は「障害者雇用」の枠組みで採用されることが多いですが、ピアカウンセラーやピアサポーターが持つ経験という専門性を正当に評価し、障害者雇用という枠を超えた「当事者専門職」として雇用される仕組みが必要です。
まとめ:当事者専門職の確立が日本の未来を拓く
日本にも、ピアカウンセラーやピアサポーターといった「当事者専門職」は確実に存在し、活動の場も広がりつつあります。しかし、彼らが特別な存在として正当な賃金を得て生活できる就労機会を確立するためには、統一的な資格制度の整備、公的制度での評価向上、そして社会全体の認識変革が不可欠です。
精神疾患を患った人が、その経験を誇りとしてピアサポーターやピアカウンセラーになろうと思える社会、そして彼らが「障害者にしかできない」特別な仕事を通じて自立し、輝ける社会。これが、日本のメンタルヘルスケアと地域共生社会の目指すべき未来です。