ピアカウンセリングに見る日本とイギリスの違い:それぞれの文化とシステムが育む支援の形

ピアカウンセリングは、同じような経験を持つ人々が互いに支え合うことで、心の回復と成長を促す画期的なアプローチです。この理念は世界共通ですが、日本とイギリスでは、その導入の経緯、社会への浸透度、そして制度的な位置づけにおいて、興味深い違いが見られます。両国の文化や医療・福祉システムの特性が、ピアカウンセリングのあり方にどのように影響しているのかを探ってみましょう。

1. ピアカウンセリングのルーツと発展の軌跡

ピアカウンセリングの概念は、どちらの国も当事者運動の影響を受けていますが、その焦点には違いがあります。

  • イギリス:精神保健改革とリカバリー志向からの発展 イギリスでは、1960年代から70年代にかけての精神病院に対する批判や、患者の権利擁護を求める動きがピアカウンセリングの土台となりました。特に、1990年代以降、精神保健分野で「リカバリー(Recovery)」という概念が主流になると、ピアカウンセリングの重要性が急速に高まりました。リカバリーは、単に症状がなくなることにとどまらず、精神疾患と共に自分らしい人生を主体的に築いていくプロセスを指します。この考え方において、同じ経験を持つピアからの共感や希望の共有は、当事者の**エンパワメント(力を引き出すこと)**に不可欠とされています。
  • 日本:欧米からの導入と「相互扶助」の精神 日本へのピアカウンセリングの導入は、主にアメリカの障害者の自立生活運動や精神保健福祉改革の影響が大きいです。1990年代にこれらの概念が紹介され、日本の障害者支援や精神保健福祉の現場で取り入れられるようになりました。日本の文化的な背景にある「お互い様」や「助け合い」といった相互扶助の精神は、ピアカウンセリングの基盤となる「仲間による支援」と親和性が高く、比較的スムーズに受け入れられた側面があります。しかし、イギリスのように大規模な医療システム改革の中で推進されるというよりは、個々の当事者団体やNPOの活動として、草の根的に広まっていった経緯があります。

2. 制度化とピアワーカーの位置づけ

ピアカウンセリングが公的なシステムの中でどのように位置づけられているかは、両国で大きく異なります。

  • イギリス:NHSへの積極的な統合と「ピアサポートワーカー」の雇用 イギリスのピアカウンセリングの最大の特徴は、その多くが**NHS(国民保健サービス)**という公的医療システムの中に深く統合されている点です。イギリス政府は、精神保健戦略においてピアサポートの導入を積極的に推進しており、NHSの精神保健サービスでは、精神疾患の経験を持つ人々を「ピアサポートワーカー」として雇用する動きが活発です。彼らは、専門職チームの一員として、利用者に対して個別のサポートやグループ活動を提供し、その経験に基づく共感と希望の共有を通じて、リカバリーを支援します。公的なトレーニングプログラムも整備され、質の標準化が図られています。
  • 日本:ピアサポーターの養成と制度への組み込みの模索 日本でも、2010年代以降、障害福祉サービスにおいて「ピアサポートの活用」が明記され、ピアサポーター養成研修が全国で実施されるようになりました。これにより、精神障害からの回復経験を持つ当事者が「ピアサポーター」として有償で活動する機会は増えました。しかし、アメリカやイギリスのように、統一的な国家資格制度や、医療機関への本格的な雇用義務付けはまだ十分ではありません。多くの場合、ピアサポーターは福祉事業所の職員として、またはNPO法人などの支援団体に所属する形で活動しており、その財源や活動の安定性には課題が残されています。ピアサポートが公的な医療保険の対象となることは、まだ限定的です。

3. 文化的な背景が支援に与える影響

両国の文化的な側面も、ピアカウンセリングのあり方に影響を与えています。

  • イギリス:多様性と個人の表現の重視 多民族国家であるイギリスでは、多様な文化的背景を持つ人々のニーズに応じたピアサポートの提供が重視されます。また、比較的個人主義的な文化の中で、個人の経験や感情をオープンに表現することへの抵抗が少ない傾向があり、ピアカウンセリングにおける自己開示がよりスムーズに進みやすい土壌があります。
  • 日本:集団主義とスティグマへの配慮 日本は集団主義的な文化が強く、和を重んじ、自身の弱みや悩みを公にすることに抵抗を感じる人が少なくありません。精神疾患や障害に対する**スティグマ(偏見)**も根強く残っており、ピアカウンセリングへの参加にためらいを感じるケースもあります。このため、日本では、安心して話せる「居場所」の提供や、参加へのハードルを下げるためのきめ細やかな配慮が求められることがあります。しかし、一度信頼関係が築かれると、深い共感が生まれやすいという日本の文化的な強みも存在します。

4. 普及している分野とそれぞれの役割

両国ともに多様な分野でピアカウンセリングが活用されていますが、その重点や役割には違いがあります。

  • イギリス:精神保健サービスへの統合と体系的なリカバリー支援 イギリスでは、主に精神保健分野において、ピアサポートが医療システムの一部として体系的に導入され、回復への個別支援やグループ活動を通じて、利用者のリカバリープロセスを促進することに重点が置かれています。
  • 日本:地域生活支援と多様な領域への広がり 日本では、精神保健福祉領域や障害者支援において、当事者の地域生活移行や社会参加を支援する役割が大きく期待されています。近年は、学校でのいじめ・不登校対策としての「ピア・サポート」や、子育て支援、特定の疾患を持つ患者会、さらには企業におけるメンタルヘルス対策など、幅広い分野での導入が模索されており、既存のサービスを補完し、利用者のエンパワメントを促す役割を担っています。

まとめ:異なるアプローチから学ぶ、ピアカウンセリングの可能性

日本とイギリスにおけるピアカウンセリングは、それぞれ異なる社会・文化・制度的背景のもとで発展してきました。イギリスがピアカウンセリングを医療システムの中に積極的に統合し、専門職としての地位を確立することで、その質と持続可能性を確保してきたのに対し、日本は、伝統的な相互扶助の精神を基盤としつつ、既存制度の中でピアサポートを位置づけ、その活動領域を広げています。

どちらのアプローチも、当事者の声と経験を重視し、回復とエンパワメントを目指すという共通の目標を持っています。両国のピアカウンセリングの経験は、互いに学び合い、より効果的で包括的な支援の形を追求するための貴重な示唆を与えてくれるでしょう。今後も、両国が知見を共有し、協力することで、ピアカウンセリングが社会全体のウェルビーイングに貢献する可能性は無限大です。