
日本のピアカウンセリング制度は海外から遅れているのか?その実情と背景
日本のピアカウンセリングやピアサポートの取り組みは、近年着実に進展を見せていますが、アメリカやイギリスといった欧米諸国と比較すると、制度化の面で遅れがあるというのが一般的な見解です。この遅れは、単なる時間の問題だけでなく、両国の歴史的背景、医療・福祉システムの構造、そして文化的な要因が複雑に影響しています。
1. 制度化と専門職としての位置づけの遅れ
海外、特にアメリカやイギリスでは、ピアカウンセリングが公的なメンタルヘルスケアシステムの中に深く組み込まれ、ピアカウンセラーやピアサポートワーカーが専門職として位置づけられています。
- 認定資格と雇用: アメリカでは「認定ピアスペシャリスト(CPS)」という資格制度が確立され、精神疾患からのリカバリー経験を持つ当事者が、公的な医療機関や地域精神保健センターで有償の専門職として雇用されています。イギリスでもNHS(国民保健サービス)内でピアサポートワーカーが活躍し、トレーニングや質の標準化が進んでいます。彼らは、医療チームの一員として、回復促進、再入院率の低下、医療費削減などに貢献していると評価されています。
- 日本: 日本でも2010年代以降、障害福祉サービスにおいて「ピアサポートの活用」が明記され、ピアサポーター養成研修が実施されるようになりました。これにより、精神障害からの回復経験を持つ当事者が有償で活動する機会は増えました。しかし、アメリカやイギリスのような統一的な国家資格制度や、医療機関への本格的な雇用義務付けはまだ不十分です。多くの場合、ピアサポーターは福祉事業所の職員として、あるいはNPO法人などの当事者支援団体に所属する形が主流であり、その財源や活動の安定性には課題が残されています。ピアサポートが公的な医療保険の対象となることも限定的です。
2. 法整備と財源確保の課題
海外では、ピアカウンセリングの普及を後押しするための法整備や財源確保が進んでいます。
- 海外: アメリカでは連邦政府からの資金援助があり、州レベルでのメディケイド(低所得者向け医療扶助)を通じたピアサポートサービスへの償還(支払い)も進んでいます。これにより、ピアサポートワーカーの雇用が促進され、サービスの持続可能性が高まっています。
- 日本: 日本では、ピアサポートに関する法整備は途上にあり、安定的な財源確保が大きな課題です。事業所や団体ごとの運営に依存する部分が大きく、サービス提供の量や質に地域差が生じやすい状況です。
3. 社会的認知度とスティグマ
ピアカウンセリングに対する社会的な認知度や、精神疾患へのスティグマも、普及の度合いに影響しています。
- 海外: 欧米では、当事者運動が活発であり、精神疾患を持つ人々の権利擁護や社会参加に対する意識が高い傾向があります。ピアカウンセリングが公的なサービスに組み込まれることで、その社会的認知度も高まり、スティグマの軽減にもつながっています。
- 日本: 日本では、精神疾患に対するスティグマが依然として根強く残っており、心の不調を抱えることや、専門的な支援を求めることに抵抗を感じる人が少なくありません。また、ピアカウンセリングという概念自体の認知度も、一般的にはまだ高いとは言えない状況です。これが、ピアカウンセリングが社会に浸透する上での障壁となっています。
4. 歴史的背景と文化的な違い
ピアカウンセリングの発展の背景にある歴史的、文化的な違いも、現状の差に影響しています。
- 海外: 特にアメリカでは、自己決定やエンパワメントといった個人主義的な価値観が強く、当事者自身が主体的に回復のプロセスを歩むことを重視する文化があります。これが、ピアカウンセリングの理念と合致し、普及を後押ししました。
- 日本: 日本には「お互い様」や「助け合い」という相互扶助の精神がありますが、一方で「人に迷惑をかけたくない」「弱みを見せたくない」といった集団主義的な側面や、内面をオープンに語ることに抵抗を感じる文化的な傾向もあります。これは、ピアカウンセリングが根付く上で、異なるアプローチや工夫が必要となる要因です。
しかし、日本のピアカウンセリングは進化している
これらの遅れがある一方で、日本のピアカウンセリングは確実に進化を遂げています。
- 当事者主体の取り組みの深化: 多くの当事者団体やNPOが、草の根的にピアカウンセリングの普及に尽力し、地域に根ざした活動を展開しています。
- 臨床心理士との融合など新たな動き: 臨床心理士の資格を持つピアカウンセラーのような、専門性と当事者性を兼ね備えた人材の育成や活躍も始まりつつあります。これは、日本のメンタルヘルスケアの質を高める新たな可能性を秘めています。
- 多様な分野への広がり: 精神疾患だけでなく、発達障害、依存症、引きこもり、不登校、子育ての悩みなど、幅広い分野でピアサポートの重要性が認識され、導入が進められています。
まとめ:世界の知見を活かし、日本独自のピアカウンセリングを
日本のピアカウンセリング制度は、確かに海外の先進事例と比較すると、制度化や財源確保の面で課題を抱えています。しかし、日本には「お互い様」の精神や、きめ細やかなサポートを重視する文化があります。
私たちは、海外のピアカウンセリングの成功事例から学びつつも、日本の文化や社会システムに合わせた独自のピアカウンセリングの形を追求していくべきです。法整備や財源の安定化、ピアカウンセラーの専門性向上と社会的な認知度向上を進めることで、心の健康を支え、誰もが安心して回復を目指せる地域共生社会の実現に向けて、ピアカウンセリングは不可欠な存在となるでしょう。